現在、ヤマト運輸の巨大物流(ゲートウェイ)センターとamazonの巨大物流センターと何らかの建設予定地から構成されるエリアは茨木市松下町という住所になっている。恐らく昭和28年以前は、隣接するエリアの地名から類推すると、畑田という地名の一部だったのではないか。畑田というだけあって、畑と田んぼが広がっていたのだろう。
なぜ松下町なのか?
そこに松下電器産業のテレビ工場を誘致したから。昭和の時代には地名まで変えるほどに絶大なる存在であったはず。
車で通過している際には気がつかなかったのだが、たまたま徒歩でamazon倉庫の前を通りかかった時に、地名に気がついて、あっ、そうだったんだ、と思った。松下テレビさんがあったところだと思い出した。
現在、ヤマトもあるけど、amazonなんだし、アマゾン川流域にある都市の名前、私は心の中で、茨木市マナウス町と勝手に呼んでいる。ブラジルのマナウスでもテレビを生産していたし。
その場所から撤退するのなら、松下町の地名は返上したらよかったのに。
畑田に戻すか、物流町、高輪みたいにゲートウェイ町とか、実態に即した名前に変えればわかりやすいのになあ、と思ったりする。企業が撤退する時、リストラしたりする従業員のこと、跡地を売ることに精一杯で、せめて名前を残したい、となったのだろうか?後々の町名への違和感に対する気遣いなど誰もしないのかな。
Panasonicホールディングスのある場所は、いまだに、門真市の方に、旧住所地番のままであると聞き、へぇぇぇと思った。そこは松下町にしなかったんだ。
門真市大字門真、のままだ。恐らく、松下幸之助さんが、大阪の中心から北東の鬼門であると言われても、買った当時の地番のまま。諸々の変更が大変だったから、住所を変えなかったのだろうけど。
工場まで、周辺の駅からも徒歩で微妙に遠そう。敷地の中で工場生産はしたけれど、街づくりとか、知的インフラの集積とかは、あまり考えてなかった気がする。
どこそこは、どこそこの鬼門だなん言うてたら、日本中が鬼門だらけになる、非科学的だってなことよりも、まず鉄道を引き、宅地など周辺開発をして、いけてる地名をつけて、学校を誘致、エンタメも作り、住宅ローンを導入し、お寺さんまで駅前に移転してもらい…小林一三の方が、センスがある。私にとっては恩人な気もする。
産業の分野が違うと言えばそれまでだけれど、世の中が変わろうとも人が活躍できる、使える、人間の本質に基づくグランドデザインがより大事だと思うわ。