日曜日, 9月 06, 2026

Searching "A Little Bit of Good" for Evil Conduct for What?

 何がきっかけだったのか思い出せないのだけれど、今年になって、チャールストンダンスが好きになってしまったこともあり、ミュージカルCHICAGOを観てみようと思うに至った。

以前に米倉涼子さんがボブスタイルのVelma Kellyを演じたと思ってたけど、Roxy役なのか。私の気分が、ジャズでもチャールストンでもなくて、心が動かなくてチケットも取らず、関心もなく。しかし、この役を演じるのは大変というのはわかった。特に、Roxyへの注目を逆手に取って、二人ならできるから一緒にやらない?と、Velmaが、Roxyを誘う、片割れ芝居を舞台上で一人でするところが、言語的にも、表現力的にも、難しそうに思ったけれど。

今年がミュージカルCHICAGOが始まって30年の記念すべき年らしいし、日本語版ではなくて、ブロードウェイキャストで世界ツアーをしているみたい。だから、大阪公演もあったのだ。

1920年代のストーリーだし、規範的な時代でもなく、殺人事件が絡んでいるぐらいの知識、だいたいの内容の予想はついたけど、あえて、事前に調べないで観に行ってみた。

想定以上に凄かった。面白かったけど。この題材がエンタメになるなら、なんでもエンタメにできると思った。

同じミュージカルでも、レ・ミゼラブルの対局にある世界かも。

罪として、ちょっとした盗み、と、殺人、と、どっちが重いんだよ、と、思わなくもなかったけど。

殺人って、正当防衛にできてしまう。

全て印象的な面白い楽曲、歌だったけれど。

"A Little Bit of Good"っていう歌が、一番怖くて、心が広いような、美しいような、印象操作というか、陪審員が有罪無罪を決める国、アメリカ的。

高らかに、清らかに、愛あるように、オペラのように、歌われるアリア。

裁判って、見世物なのね。弁護の質は金。この世の沙汰は金次第。マンマミーアより、マネーマネーマネー。

裁判で、絞首刑を免れて無罪になったのに、世間でもっと派手な殺人事件が起こって、世間の関心がなくなってしまうことに意気消沈する。ショービズで稼げなくなることが辛いと思う、Roxyは、現代にもいるかも。

象徴的で比喩的な演出だけれど、弁護士を雇えなかった、英語が話せない、無実を主張し続けたハンガリー人の女性は絞首刑になってしまった。絞首刑も世間の見世物。新聞の売り上げの火だね。YouTubeの炎上と同じ?

やったことは善でも悪でもよくて、承認欲求を満たしたいという人間の、あさはかで痴的な狂気と狂暴な残酷さは、いつの世にもある。今も山のようにある。レ・ミゼラブル的な世界もある。

ダンサーさん、アクターさん、パフォーマーさんの、背筋の美しさと、肩と腕のしなやかさがかっこ良かった。人間、背中が大事。色々な意味で。

衣装が黒でボディーコンシャスなのが、エロいというよりも、人間の内面の心のグロさ、タフさを表現していて、コスプレじゃないところ、生身感が良かった。

セリフの声、歌の声量、野太さ、倍音の響き、ロングトーンの長さ、それは体格差なのか、発声方法で克服できるものなのか、わかんないけど、素晴らしかった。

3階のA席から、バードウォッチング用のガチ双眼鏡で、ダンスシーンなどを真剣に見てしまった。

複数の男性の肩の高さで、女性を寝姿勢のままリフトするシーンもあるけど、下ろし方が丁寧というか、ちゃんと地面まで下ろす。(スケートの、りくりゅう、みたいに、空中にスローして流れるように着地はしない。)安全配慮的なコンプラがしっかりしてそう。

舞台全体を俯瞰したいタイプ。ケチであるだけ、かもしれないけど。





日曜日, 8月 30, 2026

P.O.S.Hのスタンプを押したインド航路のチケットは現存しない by チャッピー

 YouTubeを見ていて、英国は階級社会で、それぞれの階級とか地域とか所得とか仕事とかによって、話し方が違うんだよね。ベッカムだって、昔と話し方が変わってきてる、poshな感じに変えてきてるというようなことで。

英国にちらっといた時、何の話題だったか忘れたけど、高校生の女の子がやたらに、何々はポーシュと不愉快そうに馬鹿にしたように言うので、上流階級、お金持ち、鼻もちならないわ的な、最初はポルシェって言ってんのかな?と思った。高価だけど、見た目はかっこいいけど、実用性はなく、居住空間が狭くて、無駄にスピードは出るし、音はうるさいし、ガソリン食うし、そういうのに乗りたがる人?って思っちゃったんだが、語源的には全く無関係。

英語の言葉の語源の本を読んでいたら、

poshは、そもそもは、Port Out, Starboard Homeが由来である、と。

英国からのインド航路で、出国便は左舷(Port)、帰国便は右舷(Starboard)、が、日が当たらない側なので、涼しい、快適な船旅。多分、お値段も高いのでしょう。

で、船のチケットに、その旨のP.O.S.Hとスタンプを押していた。

それが転じて、上流趣味、ハイクラスな感じを、poshと言うようになったとありました。

が、その件を正確に知っておこうとして、そうなんですよね?と、chatGPT先生に確認したところ、アナタ(私)の記憶はかなり正確ですが、最後に大事な但し書きがあると。

P.O.S.Hってスタンプが押してある、船のチケットが見つからない、現存してない、らしい。

なので、それは、良くできた作り話であり、poshは、インド航路より前から使われている言葉であるらしく、そのposhの語源は定かではない、もやっとした諸説しかない、らしい。

P.O.S.Hのスタンプは嘘なのね。

ざっくり、行きは左舷で、帰りは右舷ですぅ!ってチケットに押してあるだけであるとしたら、エコノミーな雑魚寝じゃん?全く上流じゃないかもしれない。行きと帰りの部屋番号を書くのが普通かもね。

だから、poshはP.O.S.H説は、Rubbish! Totally rubbish!(ゴミです。却下!)ということで。(ただ単に、古いチケットが見つからないだけ、という可能性がないとも言えない?)

英国で、アナタ(私)の話し方は、poshだね!と言われたら、英国から船でインドに行ったことはないけどね、と言ってみようと思ってたんだが、poshだね!と言われることが、まず、あり得ないので、語源を再確認する必要は、そもそもなかったんだが。

なかなか面白い、どんでん返し。

なぜ、左舷がportで、右舷がstarboardかも説明してくれた。

昔は、船の舵が右側についていたから、左側を港portに寄せる方が簡単だったからだそう。逆はむずいらしい。

starboard(右舷)は、steor(ステアリングのステア    steerの古語、舵)のある側、らしい。


月曜日, 8月 24, 2026

うぎょー

 阪神戦はサンテレビが一番。他のテレビ局の放送でも見るけどね。

延長戦を1社提供している?トラさん以外の全国区じゃない知名度低めの会社のテレビコマーシャルも味わい深い。

モノクロの昔アニメみたいなコマーシャルの謎の世界観にハマっている。

ねえ、これってさあ。この会社の社長さんが、柴犬とか日本犬を飼ってはって、奥さんの名前がせつ子さんで、社長本人がうぎょーって感じのブサメンなんかなあ。そこまで卑下しなくてもねえ、と言おうとしたら、

日本建設工業(にほんけんせつこうぎょう)を分割してるだけやろ!

って言われた。

えっ、そういうことなんか。ワンコと夫婦で力を合わせている謎の会社だと思ってたのに。

前川右京が打席に立つと、うぎょー、うぎょー、って、吠えながら応援しちまう。

非公式な、いつの時代かわかんない、コドモ心が湧き上がる私。

最近、うぎょーのCMがなくなってしまった。他のCMは普通すぎる。

後日、あった、あった、久々のディベイニーの前に。ファールフライをキャッチされてたが。残念。

まあ、ピッチングコーチの眼鏡がなくなって、うぎょーな感じになったから、まあ、いっか。



月曜日, 8月 17, 2026

矢印信号で躊躇なく直進してきた対向車

 自動車を運転していて、交差点で右折したい時。

青でちょい前進するけど、対向車多数。

基本的に右の→信号が灯るまで、右折はしませんが、→信号が灯る前に信号は黄色に変わる。

その瞬間に止まれる対向車が6割ぐらい。既に交差点に進入している車は止まらない。(それはいい。)

で、→信号が出ても、それだけでは、「私」は右折を開始しない。身を乗り出し、自らの首を振って、目視で、対向車が停止していることを確認して、右折を開始する。

昨日、→信号が出ているのに、まっすぐ前を向いて、口を開けて、アホみたいな顔をして、交差点に躊躇なく(ノーブレーキ)で侵入して直進した対向車があった。50歳代ぐらいのおっちゃんだったわ。こっちは止まっていて良かったわ。

当然、クラクションを鳴らしたりました。(おっさんへの注意喚起。おっさんの運転&判断能力低下の危険性に、おっさんが悪いことに気がついてね!アンタ、そのうち事故るで!)

おそらく、青の→、を、進めの青、と一瞬誤認しているか、信号を見てないか。タイミング的に黄色で侵入してなかったから。

たまにそんな人間もいるからね。信号だけを見て、焦って右折してはいけない。歩行者や自転車を巻き込んでもいかんしね。

車の運転で一番肝心なのは、歩行者、自転車、対向車が、私の車を認識して、停止しているかどうかの確認。私は相手の目を見るよ。

認知症の方もわしゃわしゃいるし、調子に乗った判断力が落ちたドライバーもいる。

パパは言っていた。

後ろからクラクションを鳴らされても、ビビる必要などない。それは危険ではない。

ちゃんと私の車の存在を認識されているわけだから、鳴らしてくるだけ。

危険を認識してない、歩行者、自転車、車、それらが真に怖いのだ。無音でつっこんでくるのが怖いのだ。

常に慎重に運転せねばね。



土曜日, 8月 15, 2026

1日で30センチ以上の雨だから

 山下達郎の歌に、♪2千トンの雨がふーれば、という歌詞があるけど、

平成8年8月千葉豪雨の降雨は何トンになるのだろうか?被害が大きかった千葉市(だけじゃないけれど)千葉市の面積で考えてみた。

300ミリ以上の雨、千葉市は367ミリだったらしいが、どう測り、どう推測する?わからんちゃ、わからんが。昔の、昭和期の常識、天気予報は当たらない、を、信じ、常に最悪を想定すべきかも。

千葉市の面積は271.76キロ平方メートルであるらしく、24時間に300ミリを超える雨が降ったらしいから、何トンの雨になるのか?ChatGPTに聞いてみる。

1平方メートルに1ミリの雨が降ると1リットル。

1平方メートルに300ミリの雨が降ると300リットル。(1メートル四方にそれだけの量の水まきをするのは大変。給水車から水を運ぶタンクは10㍑が主流だが、それでも重い。)

1.面積を㎡に直す

271.76㎢ x 1,000,000 =271,760,000㎡

2.雨の総量

271,760,000㎡ x 300㍑ =81,528,000,000㍑

3.水は1000㍑で約1トンなので

81,528,000,000㍑ ÷1000 =81,528,000㌧

約8,153万トンの雨水。(2000トンどころの騒ぎじゃないです。ChatGPTは東京ドーム65杯分と言っているが。)

====

そんな計算に意味があるかどうか、わからないけれど。

なぜ、それだけの恐ろしい量の雨が降ったのか?

雨水は、地面の高いところから低いところに集まる。海抜が高くとも、高低差で窪地(凹地)に集まる。一律に300ミリの高さじゃない。ある程度は排水されたり、地面にしみこむけど、たまるところには、30センチを超えてたまってしまう。

そもそも、台風が過ぎ去ったはずなのに、同じところに雨雲がかかり続ける、気象のメカニズムがわからない。

房総半島の千葉市の前あたりに、「小さい低気圧ができていたので、それに沿って、それにブロックされるように、同じ場所に雨雲が流れ込み続けた?」とYouTubeの気象解説では、チラッと言っていたが。(低気圧って、何個もあるんかい?大きいの1個じゃないんだ。気圧の差って、細かく生まれるものなのか。小さいとは、どういうサイズなの?)

じゃあ、なんでその小さい低気圧なるものが、そこに発生したんかいな?

誰も責められないけれど、本当に未曽有。わかったような気にもならない。

この際、線状降水帯は予想できない、と言うべきなんじゃないのかなあ?台風が通過した後もヤバいので、家から出ないでください。食料の備蓄をしといてください。垂直避難の準備をしといてください。休めるものなら仕事は休んでください。車は高台避難させといてください。と言われなくても、各自でそう思うべきかも。(とはいえ、社会生活は色々あるわけで。)

お盆時期だから、ビルのオーナーと連絡が取れないとか、そういうのも大変だ。

お盆休みに、オチオチ旅行にも行けないし、帰省もできない、お墓参りもできない。お墓参りは不要不急。

それ以上に、訪問看護、訪問介護の方々、医療関係者が洪水に行く手を阻まれてしまうのは、命がけだし、本当に悩ましいし、気の毒だし、安全第一だし…。

今、生きている人間の命が一番大事だから。

日本で豪雨、西側の欧州で熱波&干ばつ&火災、米国もカナダも山火事多発、インドもアフリカもそれ以上の熱さであるらしい。世界の食料が心配。

地球規模では、水の確保が大大大ピンチなのに。









神戸市の市章とか錨の電飾みたいにしたら…。

大文字などなどの京都の五山の送り火がピンチであるらしい。高齢化する地域の方々だけの労力だけでは無理。だけど、宗教行事だから、公的資金が投入できない?公的な管理とか運営ができない?(とても木で鼻をくくるような感じがするけれど。)

山に登るための道の整備、修理も大変。お金もかかるし、資材を運ぶのも大変。工事を請け負ってくださる業者さんも大変。

薪を運ぶのも大変。

ちゃんと着火して安全に火の始末、管理するのも大変。

そのようなことを言って、京都の方に受け入れてもらえそうな気はしないけれど、LEDにしたらいいんじゃないかなあ。というか、山で火を燃やすのは不安になるぐらいの異常気象。

電飾で、送り火だけでなくて、季節季節の節句節句の印象や紋章を浮かびあがらせるようにしたら、観光にも寄与するよね。なんとなく。どういう内容にするかで揉めるかもね。

五山の送り火の炎が揺らぐように、LEDの台座をゆらすように作るとか。

あんな大きな火を薪で表現するのは、異常気象がノーマルになっている昨今、危険な気も。熊が出るかもしれないし。

迎え火ではなくて、送り火が盛大というのは、どういうことなんだろうか?という素朴な疑問もあるが、現世の人間の労苦が大きすぎるのであれば、キヅツナクテ、あの世からノコノコ帰って来にくいかもしれない。

事故が起こる前にLEDに。ドローンでもいいかも。いやいや、ドローンはだめかも。墜落したら、火災を引き起こしたりするかもしれない。