昭和の歌は、過激に暗かったけれど、過激な事件も、集団リンチも、シンナー中毒も、伏流煙も、公害も、公害病もあったけれど、明るいことも多かった。
平成令和の歌は明るいけれど、未来に種を蒔こう!などど歌いながら、暗い表現を回避して、抑圧されて、爆発するかのように凶悪な事件や暴走が増えている気がする。
あれしちゃいけない。
これしちゃいけない。
あれ言っちゃいけない。
これ言っちゃいけない。
バリアフリー、ユニバーサルデザインとかも、自らのためにも必要なものでありがたいのだけれど、どこまで準備しなくてはいけないのだろうか?と、不特定多数のアクセスがありうるものごとを行う際には、びびる。
障害をお持ちの方の親御さんの要求が怖いと思ったことがある。
自らの立場で教条的なものさしで測られる怖さを感じたことがある。
かなり私的な無料の会合にしても、託児スペースがあるのかどうか、などと
問い合わせを受けると、それだけでちょっとびびる。
やりたいと思っていたけれど、何がありうるかわかんないから、生半可な情熱ではできないし、やっぱりやめよう、というのは正直ある。
時には、人は自慢したり、相手をけなしたい生き物でもあり、そのための手段は、自分自身のことに限定されるものではない。
子供の頃、親に誰々は生まれつきの薬害による障害があってもそれを乗り越えて、工夫をして、健常な子供と台頭に教室で頑張っていて、賢いんだ、というようなことを、まるで見てきたように言われて、そういう風に言われても、私はどう生きたらいいんだろう?と思ったこともある。オトナになってからも、障害者本人ではなくて、まわりの人に、あの人は、障害がありながら、ここまで頑張っていて、凄いと思いませんか?と聞かれたこともある。暗にアナタは恵まれているわりには努力もしないし、と非難されているのかなあ?と、そのような問いかけを苦手としていました。正直に言うと。
偉いですね、というのも安直で心ないし、だから、どうなんですか?とも言えない。
そんなことを言ってしまったら、私がとんでもない人になってしまうし、まわりまわって、障害をお持ちの方を傷つけてしまうかもしれないし、答えに困ってしまい、黙って聞く。
価値がない人などいないと思うのだけれど、価値がないかのような抹殺を受けると、反動で、いいや、こんだけ優れているんですよ、頑張っているんですよ、というアピールがなされる場合もある。
そういうアピールの結果、誰かの気持ちを混乱させているかもしれない。
距離をつめて、お互いを尊重しながら、心腐らず明るく生きるというのは、大事なことであるし、有り難いことなのだと思う。
敢えて言おう。猟奇的な犯罪者の描いた絵の技術は凄い、と思う。彼がその才能をまっとうに伸ばしてもらえる、褒めてもらえるチャンスがあったなら、事態一般は変わっていたのかも。いや、一時の怒りや正義のように思える衝動を形にできてしまうが故に、それらが増大して固定してしまうのかも。