1970年には既にあったと記憶する。今見ても古さを感じない鉄筋でコンクリート打ちっぱなしの建物が店舗の自転車屋さんが、平成最終日を最後に閉店していた。ショックだ。2年前に変速ギアのないシンプル自転車をそこで買っておいて良かった、ということかもしれない。
そこが閉店してしまうとは思わなかった。だって、自転車屋さんとしては、悪くない場所にあるのだから、なんでだ。
さらなるショック。久しぶりに行ったら、ローカルスーパーとその隣のお酒のやまやが、2月に閉店していたことを知った。車が正面に止めやすくて、スーパーとやまやが隣り合わせにあったから、とても便利だったのに、もぬけの殻になっていて、ショックだ。
スーパーの方は、何度か無料のバス旅行に当たって楽しかったな。
特にやまやが好きだったし、半額になっていた変わった調味料とか、加工食品を色々試し買いするのが楽しかったのになあ。半額のデーツがあれば、買い占めるように買っていたのに。たまに食べたくなった時に「サリ麺」はどこで買えばいいのだろうか?3つ1000円のナチュラルチーズももう買えないのか。私が、安いコーヒーの粉と半額商品ばっかり買うから、撤退しちゃったんだろうな。
お酒のやまやなのに、お酒は調理酒とリキュールと水曜日のネコ的なビールしか買わなかったな。だから撤退しちゃったんだ。
5月の時点で次ぎの店舗が入ってなかったのは、問題だなあ。
平成初期に造成された周辺の住宅地の高齢化が原因なのかも。30年近く経ってしまったのだもの。
平成初期に、7割ぐらい家が建設済み状態のその造成地の中にある、新築のテラスハウス風のアパートに引越す前、不動産屋さんは言った「もうすぐデパートができるんですよ」と。
たまたまその場所が夫婦二人の通勤等々に便利だったというか、双方にギリギリのポイントだったから、そこにしたに過ぎず、デパートはどうでも良かったのだけれど、実際にできたのは、東急系のスーパーを中心としたショッピングセンターだった。どう見ても東急百貨店じゃない。そこにはシネコンとまではいかないけれど、映画館もあったけれど、ほどなく映画館は撤退し、東急も撤退して、さみしい感じのショッピングセンターになっている。
バブルの頃に造成が始まって、造成が終わった頃にバブルははじけたのだが、区画の広い宅地には、プレステージアベニューなどという、一応バブリーな名前がついていた。
そのあたりは今どうなっているのだろうか?
30年近くの月日が流れて、家からは遠くはないけれど、用事がないので、あえて行かない場所だ。
工業団地として売り出そうとしていたらしい土地には、アウトレットが出来たり、別の場所には大規模なイオンが出来たり、近所のドラッグストアには生鮮食料品も売っているし、近くのコンビニは働いている方が二人とも外国人(のみ)であったりしながらも、小売店が色々ある方だし、車でも行きやすいし、かなり恵まれている方なのでしょう。
コンビニに関しては、振込みに行っても、外国人のクルーさんが、伝票に書いてある日本語の漢字が読めないとしても、金額はバーコードで読み取れるし、画面を見ていれば、処理ができたかどうかはわかるので、言葉の問題はさほどに大きな問題ではない気がする。(経営者の方の立場ではどうなのかはわからないけれど。)
雇われ人の場合は特に、人は、どこに住むかを、自らの意志で決められるものではない。幸か不幸か、実家から離れた地方都市に住むはめになり、慣れないこともあったけれど、月々の家賃と変わらないぐらいのローンの支払いでマンションが買えた物価が比較的安い地方都市の暮らしは、ラッキーだったと言えるかもしれない。
で、某大学のキャンパス前にイマドキのシェアハウス的なマンションが建設中であると思っていたら、その1階部分はスーパー他が開店準備中だった。
大学前のヤングパワーへの期待は絶大。