水曜日, 4月 24, 2019

年号と時代って…

平成の時代は、自然災害は多かったけれど、昭和のような戦争がなくて(とりあえず)良かったというような総括を聞くけれど。

それはどうなの?と思うのだ。

体制の変換、国の転換点として、意味がある年号は明治だけ(かも)。

年号で時代の特徴を表現しようとするならば、終戦(敗戦)を機に、元号を変えておかないと。昭和20年9月あたりからは、戦争は起こってないので、昭和だって、40年にわたり戦争はなかったのだから。日本が巻き込まれるような戦争がなかったのは、昭和20年9月あたりからも平成と同様。

戦後70年ちょい。漠然と昭和という括りで、平成と比べても意味がない。

昭和20年の敗戦を機に、象徴天皇のもとで平成に改元すればよかったのに。

平成バブルってのも違和感がある。バブルの何なの?

バブッてイケイケだったのは、昭和末期で、たまたま平成になってから金融引き締めが始まってバブルが決定的に崩壊したに過ぎないのに。

個人的には、金融は引き締めて頂いて非常に良かったと思っている。リスクを取って、ギャンブルをしなくても、お預けしておけば、自動的に複利で金利がついた数年間は有り難かった。

年号が変わったタイミングで、明確に何かが終わったり、何かが始まったり、時代が大きく変わるわけじゃない。

バブルは何度も蘇る多年草、というらしい。21世紀は、今んところ、ずっと超金融緩和の世紀だし、バブルは蘇り放題だ。

50階建てのタワーマンション、誰が買うのだろうか?(売れるから建てているのでしょうが、近隣国もやばいぜ。)
50階分、どうやって、各部屋の排水パイプの高圧洗浄を行うのかなあ?
火災が起こったら、はしご車は届かないじゃん。
ゴミの日のゴミだしはどうするんだろうか?
内装をリフォームする時だって、50階まで建築資材とかユニット機器を運ぶって業者さんが大変そう。
免震ダンパーがついていても、地震で揺れたら超怖くないかなあ。

オランダのチューリップバブルって、実感として、わかんないな、とずっと思っていたけれど、小さい地面に八重のスプレー咲きの牡丹のような桜色のチューリップが花開いた。

地に足がついているし、本当に美しいし、丹精すれば増やせるし、チューリップの球根に入れ込む気持ちはちょっとは、まだ、わかるような気はする。

SNS上で、歓喜と共に、同じく八重咲きのチューリップの画像を上げている人もいた。(いいね!押す)

最近は、ずっとずっと、綺麗な生ゴミをハサミで切り刻んで、日光で乾燥させて、土に撒くことにはまっている。そして、時々EMも撒く。

とても良いことをしたような、自然環境の好循環の一助となったような、心満たされる瞬間だ。

ちゃんと土から有機栽培でスプラウトを栽培されている生産者さんは、安心安全な方法でスプラウトの洗浄を行っているみたいだが。土で生野菜を育てて販売するのは大変そうだ。

自己責任で自家用で土にこだわるのと、土にこだわって、人様が口にする売り物を生産するのとは、難易度、要求レベルが違うのだ。

自然災害と異常気象は、戦争のメジャーな要因に、デザイナー野菜の工場の増設要因に成っていくことを気に留めないわけにはいかない。

とりとめもなく。

在高层公寓塔顶
看弯弯的令月亮
清酒,葡萄酒,白酒,应有尽有
梅花树都没有
流光易逝穷光蛋

祝令和的期间不虚浮!