タ〜ンス、長持、どの子が欲しい♪
私は、子供の頃、女の子達と、この遊びをしたと思う。
楽しかった記憶としてある。
声に出して歌う、手を繋いでみんなで前に踏み出して空を蹴る、平和なストレス発散でもあり、タ〜ンス、長持、の部分は、マハリクマハリタヤンパラヤンヤンヤンみたいに、ユポーイヤイヤイエーイヤみたいに、ババンババンバンバンみたいに、声に出して言う、気持ちの良い、ナンセンスな音韻のジングルに過ぎなかった。
タ〜ンス、長持、どの子が欲しい♪
は、勝って嬉しいハナイチモンメ♪で始まる、花一匁、という童歌。ですが、印象の強さで言えば、この遊びの名前は、タンス長持。
タンスにゴン、とか、亭主元気で留守がいい、とか、そんなCMの影響があるからかも。
タンス長持、は、楽しい遊びだった。仲良く遊んでいたし、誰かを仲間はずれにしたい意図なんてなくて、誰もが平等に欲しがられたし、ご指名されなくたって手を繋いでいるんだから連帯してるわけで、仲間はずれにされようがないし、惨めさの要素は微塵もなかった。誰に売り飛ばされるわけでもない。
大人になりすぎて、縁あって、リアルな箪笥と長持の諸問題に直面している。
棺桶サイズの長持が6個。トホホ。
中には、縄文人と弥生人の子孫が、地ベタリアンであったことを証明する、座布団とお布団と布団綿が嵩高く入っているに過ぎない。
それらが、学芸員などという自らの利己的な狭い研究テーマを追求する人種やお宝なんてものを妄想する不届きものをガッカリさせる、現実世界。
その現実の下の二番底には、ちょっとした知的なレイヤーもある。
上から読んでも、下から読んでも、しんぶんし。
自分史を超える、古い、しんぶんし。
例えば、226事件があった頃の、しんぶんし。
頭痛薬のノーシンで、頭の澄みきった五月晴。(ロングセラーだねー。5月にゲリ豪はなかったの?)
ニッカ林檎汁。(連ドラでマッサンは、ウヰスキーが出来るまで、林檎ジュースを作って売っていたと記憶するが、あれは、事実だったのか。連ドラに史実もあるのね。)
発明王エヂソン、と、独裁王ヒットラア、の伝記が、並び賞賛されて、絶賛発売中とは…。
そんなの今は非常識? タッタタラリラ。
歴史は踊るポンポコリン。