日曜日, 2月 15, 2009

今天的中国话 德 vs 功

德 vs 功 de2 vs go1ng

日本語では、両方の字を合わせて、功徳(くどく)と言うけれど、中国語では、中国の文化では、功と徳の意味、概念は異なるらしい。 日本のODAはナンボやっても、功であるという評価になるらしい。どこの政府、政治のやることにも、徳はない。ドイツ(徳国と書く)であっても。

功は裏で己の成功(利)をたくらんでいて、他の人の為によいことをする。
徳は己の成功につながらなくても、他の人の為によいことをする。

 私は功も徳も積まない。功じゃない徳はありえないような気がするし、全ては誰かの面子のための、体裁のよいパフォーマンスに思えてくるから。誰かを救い、同時に誰かを不幸にしている。誰かに加担し、同時に誰かから奪っている。 その時点では恵まれている家族と隣人を省みずに、幸薄く思えた全くの赤の他人を助ける振りをして、自らを大いに利していたりするかもしれない。そして、隣人は、より貧しくなる。

今のところ、私自身が、真に人の為と成り得ると信じきれるプロジェクトがないというか、心から応援したい特定の人がいないのです。 何かをすると、結果として、奪われることの方が多くて、精神的に耐えられないというのが本音なのかも。

全く利害関係のない人が、どこの誰とも知らない個人が、私の製品を買ってくださった時が一番幸せに思う。知人が買ってくださったら、お近くの人が買ってくださったら、とても嬉しいのだけれど、それ以上に純粋に嬉しい。

瞬間、瞬間に、悪人にならない努力。それぐらいしかできないし、それすら、それだから、結構疲れる今日この頃かもしれません。