日曜日, 11月 11, 2007

★ aesthetic sales and purchasing power

ここ2週間、異なった場所で、モノを対面で売ったり致しまして、イマドキの消費者気質の一端がわかったような気がして、面白い。

自己商品(エコ商品)を売るには最悪のシチュエーションだったかも。

屋外のバザーなんてイベントそのものは、エコじゃない。使い捨て容器を使わざるを得ないわけですし、焼蕎麦屋、カレー屋なんかの露天が出ているし。真剣にエコロジーを考えるなら、使いすてじゃない食器を使うべきでしょうし。(ドイツの見本市では、使い捨てじゃない食器を貸し出す業者が存在したように思うけれど。)

フリーマーケットに来る人達は、値段の安さというか、無料同然のものを求めて来られるわけで、フリマでエコロジーという考え方ではないんだなあ、別にぃ。

エコ商品としての付加価値であるとか、開発途上国の方たちが作った産品の美とか製作の手間を正当に評価して対価を正当にお支払いするフェアトレードなんて考え方には無頓着な方が多いですね。

しかし、それでも、良い産品がお安いし、たまたま欲しかった商品がそこにあると、人によっては買ってくださるわけです。しかし、200円ぐらいのものでも、どの色にするか、どの形のものにするかは、非常に悩まれる。苦悩に近いかも。

その際には、一番、そのお客さんに似合うものをお勧めすることが大事。いくら開発途上国支援という目的があっても、客観的に観て、お客さんに合わないものを売っちゃダメだね。

決めかねているお客さんには、そのお客さんのお洋服の色とか、雰囲気とか、そういうものを総合的に判断して、お勧めしちゃいますね。

凄くお安いものを選んでいたとしても、お高いものを選んでいたとしても、人が迷いから解き放たれたような、ふっきれたような表情される瞬間は、モノが売れたという損得勘定を越えたやりがいがある。商品は、納得してお買い上げ頂く、これが一番。

しかし、お客さんの購買力はどうかと言うと悪い。景気が悪いというのもあるけど、自分の持っている何かと新しく買い足す何かを合わせて、創造的にモノとモノを組み合わせて楽しむ、美を創造する心の余裕がないように見受けられる。お買い物の楽しさにハマル暇もないのかな。

美的感覚って人それぞれなんですが、創造的でなくても、美を発見する喜びとか、自ら目利きをする気が薄いというか、与えられたお手ごろ感に浸っている人が多いような気がしてならない。

それでいけないわけでもないし、もちろん、そうじゃない人も多いのだけれど。

ご老人のモラルのなさというか、お金に困ってなくてもB級生活者ぶりというか、社会に施すのではなくて、社会から頂けるものは何でもガッツリもらいます、という態度の方もいらっしゃって、恵まれた世代でもあるのに、情けないなあと思ってしまうこともある。