月曜日, 10月 24, 2005

◎tea: universal constraints by tradition

どちらかと言えば、食べ物よりも飲み物には、伝統による制約というか、定式美・様式美の踏襲という要素が強くて、洋の東西を問わず、特にTeaには、伝統的な形式の制約が強いのではないかと、フト思った。特にその道具には。

特別なセレモニー用ではなくとも、日常使用のものの、パッケージの形状、茶漉しの形状、ティーキャディー(茶壷)の形状、キャディースプーン(茶さじ)の形状等々においても。

デコラティブな定型の形、あるいは、伝統的なんだけど、その形になんの意味があるのかなあ(?)と思わせるものを使い続けることと、お茶の美味しさの抽出・保存・摂取とお手軽さや楽しさとは、少々違うんじゃないの(?)と思いつつある今日この頃である。現代的な生活・現代的なエコ(環境に優しく・経済的な)生活とのミスマッチがあるような気がしますねえ。

少々不自由であっても、変わらない形を使い続け、変わらない様式を日々繰り返すことの精神的な安定というものも、あるにはある。不自由にも意味がないとは言えません。

いかなる伝統の破壊も、さほどに心地よいものではないだろう。しかし、破壊の後が創造的であれば、受け入れられるかもしれない。かなり多くのものは、そうして生まれてきたのだろうし。
使いやすくて、何度も使える。場所をとらない。眺めていて、触れてみて、飽きることがないシンプルさ。自ずから、モノのデザイン自身が、その使い方を語りかけるようなデザイン。

頭で考えることも、さほど容易ではない。
製品化するとなると、製造ノウハウが要りますもんね。
このデザインで工程をナンボほど、減らしているのか、増やしているのか???

明確には、わかんないなあ。
よろしく助けてくださいね。御願いしますね。頼みますわぁ。もう、泣いちゃうから(?)