2010年の12月、私は快晴の北京にいた。数日だけど。
めっちゃ寒かった。乾燥していて寒かった。早朝の八達嶺(バターリン)の万里の長城に人がいなかった。貸切?でもないのに。
フレンドリーなタクシーの運転手さんは、寒いのがわかってるし、長城には行かず、ゲートの外で待っていてくれた。一人で長城を歩む。
雪とか氷って、あったかいんだ。冷たくたって、モル凝固点降下はない。不純物がなきゃ0度より下がらない水は、雪でも、氷でも。(堆積する雪や氷の質量や重量の脅威は侮れないが。)
水分がないからアイスバーンではない石が冷たい。太古の昔から労役に駆り出された人々は生きてお家に帰れてないな、と思った。
ヒートテック&紫のノースフェイスのキルティング&ボア付きのコタツ布団みたいイタリアの巣鴨のオバさんが着そうなエンジ色のダサいイタリア製のコートを着て、厚底ブーツとフェイクファーのレッグウォーマー、イヤーマフも装置してたけど、石から伝わる冷たさが半端なくて、ずっといたら髄液が凍結するんちゃうか?と思った。
足元から身体の芯を目掛けて冷たさが伝播する。
空は、雲がなくて、遠くまで視界が良くて、身がひきしまりまくる壮大な眺めだった。圧倒的にΣ死>活きてる私。
北京の公園の池に氷がはり、鳥がテコテコっと歩いていた。ワカサギ釣りができそうなほどの分厚い氷ではなかったけれど。
その一角で寒中水泳をしていた、壮年男性のグループがいた。マジで。和気藹々と。
デジカメを向けたら、怒られるかな?と思ったのだが、当然、中国語で、池の中から、いい写真撮れたぁ?的な、声が返ってきた。
筋金入りの人生を生き延びてきたに違いない、失うものはないです的な、ご陽気さ。
それに引き換え、八達嶺の売店にいた若い店員さんは、意味もなくカリカリされた。
日本でもありがちな観光地とかハイウェイオアシス的な売店に、イタリアのiliyのエスプレッソとかカプチーノがあったので、現代中国グルメやわあー、と感激したから、メニューを撮影しようとしたら、お姉さんが激怒。
メニューは中国語の勉強のために撮影しようと思っただけです。
と言ったと思うけど、勉強は他所でしたらいいでしょと。
実はiliyじゃないコーヒーなのかなあ?飲み物として、あったかかったという理由かもしれないけど、美味しかったけどなあ。
ベルリンの壁が崩壊した直後、東ベルリンの国営レストランで、ソフトボール大のクヌーデル(芋団子のお肉煮込み)を撮影しようとした時も、コワモテのおばさんに静止された。西ベルリンから来たドイツ人のガイドさんも、逆らわず。ガイドさん曰く、ハンガリアン風の味と見た目、に感動して黙々と食べた。ラグーソースみたいなもので、煮込まれていた。
外部の人間による当地の素朴な日常に対する注目、ここでこんなものがぁ的な注目には、バカにされてるかもという、機密保持というよりも、ムカつきを感じるのだろう。多分。すみません。
北京動物園にも、正規にタクシー代諸々を支払い、連れて行って頂きました。
パンダのエリアすら空いてた。
たまたまかもしれませんが、寒いのに、中国の保育所で履くお尻がみえる穴あきのズボンを履いた小さい男の子と若い美人さんの(多分)お母さんがいて、男の子がパンダに向かって叫んでいた。
大熊猫(ターションマオー)と。
名前ないんかい?非公開か?
広い柵の中の木の台の上に大熊猫はいて、可愛く自由にのんびりされていた。
帰国後、中国留学歴のある方に、写真をみせて、北京動物園のパンダ、ランランとかカンカンとか、リーリーとかレイレイとか、名前なかったっすよ。書いてなかったし、子供がターションマオ言うてましたわ。空いてたし、ビックリ。
というと、いやあ、パンダきれい。白い(白いところが)、昔はドロドロやったのに。もっと茶色やったわ。(そこかい?)
その方が目撃したのが、たまたま泥遊び後のパンダだったのかもですが。
中国人の中国語の先生は、パンダ、ゴワゴワ、とおっしゃってましたし。剛毛らしい。
昔々のディズニーのキャラクター、パンダのアンディは、なぜか庭の雑草と戦ったりするし、どちらかと言うと性悪キャラクター。
現代日本の日本人のパンダ愛は、それなりに、かなり特殊かも。偏ってるわ。
パンダは野生動物、珍獣さんなのですからにして。凶暴で俊敏で頑強な面もないと四川の山奥で生きていけない。
私は、黒づくめの服を着てまで、パンダを見に行って撮影する気はないです。
パンダロスで泣くでない、日本人。
北京動物園の小山のような老虎の像が印象的でした。