今日(土曜日)に映画『孫文』を観た。先週は映画のタイトルは知らないのですが、1947年~1949年までの新中国建国の映画(ドキュメンタリーではなくて、俳優が演じる)を観た。
後者の方は、中国語字幕しかなかったので、理解できたかどうかは非常に怪しい。
政治的な発言をする程の知識も利害もないので、各勢力、どちらも誰も特に応援してないし、必ずしも対立関係にあるとも思いませんが。
映画の中で出てくるかなり大きな葛藤の一つは、家事 VS 国事のような気がしました。家事は、日本語の家事(かじ)ではなくて、家族の問題とか家族愛とか、国事(こくじ)との対比、国事(こくじ)国家の統一等々に翻弄される家族の事(こと)全般。 国事よりも家事。
異国でも、どこでも、家族が仲良く穏やかに暮らしたい。でも、可能であれば、自分の国で。
事態一般は、やっかいな家事と国事だけじゃない。
グローカルな時代に、地縁は特になく、グローバルな脅威には戦う術がないし、異文化を強制されると辛い。この世の中の制度をどう変えようとも、特定の個人を満足させることは、その人が望む人にしかできない。