火曜日, 3月 04, 2008

★knock, and it will be opened to you.

求めよ!されば与えられるであろう。

大人じゃないけど、音無しい性格で、赤ちゃんの頃からの天性の人見知りなのに、いざと思った時に人と会ってネゴをすることもあったり、綱渡り的な出会いの瞬間に押しを発揮することもあるのは、聖書のマタイによる福音書他の『求めよ!されば与えられるであろう』のフレーズのお陰かもしれないと思う。

求めよ!されば与えられるであろう。原語のヘブライ語は、全くわからないのですが、英語訳のAskよりも、Seekよりも、Knockよりも、日本語訳の求めよ!が包括的で、簡潔で、深い。神は、求めよ!と叫んでいる(と私は信じている)。AskでもSeekでもKnockでもなく。

先週から、私のやわなハートが、厚かましく、求めよ!状態を保持できた。

求め続けることができたのは、人の優しさがあったから。そういう意味で運が良かった。話易い、気の長い、気のきいた人々にめぐり合えたから、上手く求めよ!を持続できた。

求めた。別注を覚悟で。そうしたら、希望のサイズのものがあった。それも、かなり昔からの記憶に残っていた会社の商品としてだった。執拗に忘れないこと、思い続けることは、いつか役に立つ。

さり気なく、何気なく、私にヒントを与えてくださった人達に感謝。

安全性と利便性と汎用性と加工性と密閉と開閉しやすさと美観のバランス。どこまでが妥当で何が優先なんだ?

材質と素材の厚みをどうするのかは、テストしてみないと、私には全くわかんないんだということをサクっと理解してくださったこと、尊重してくださったことに心から感謝する。

窓口団体A、役所系B、企業C、企業D(機械)&企業E(資材)。
『いちげんさん』の私につないでくださった。

今日は、集中しすぎちゃって、趣味の会の部屋取りをすっかり忘れていたけれど、夜中に検索をしたら、たまたま空きがあって、会議室の予約もできた。

ラッキーな一日だった。本当に。しかしラッキーはずっと続かない。気を抜くんじゃないんだよ。