今年は(去年はですが)紅白歌合戦なんか観ないぞ!と思っていたし、前半の1時間は観てなかったのですが、他の番組もイマイチだったこともあり、それ以降はところどころ紅白を観ました。
笑福亭鶴瓶の司会は、あまりにパーソナルで、他局の名前を出したり、個人的なつきあいベースな紹介をするから、視聴者からクレームが来ないのかなあ?とかハラハラしながら観ていたら、藤原紀香のダンナの陣内のコメント(フォロー)、『民放に出てても、NHKしか観ません!』と嘘に決まっていても言い切ったところがナイス人柄(と私は思っているけど、世間の評価はどうなんだろう?)。それを機に、笑福亭鶴瓶のパーソナルな想いが、それなりに人々の心を打つ方向に流れたような気がしました。
歌は世につれですが、国民(?)日本人全体の共感というよりも、それぞれの年代の、それぞれの人の、想いをえぐるという他には、盛り上がらないのね、と半分クールに観つつ、すぎもとまさとの『吾亦紅(ワレモコウ)』には、母を想い懺悔する気持ちには半分共感、しかし、半分どん引きというか、マザコン的というか、これが大人の歌の言えるのだろうか?とも思いました。
離婚して、自分を生きる?(そんなん、わざわざ、墓前に報告するもんなんかなあ?)
この歌の主人公の人生は、60才前に離婚して、どうするのだろう?離婚して自分を生きるという、そのあたりの飛躍がわからなかったなあ。離婚するのか、離婚されたのか?何が嫌やったん?何が原因?何をするの?そんでもってどうなの?(そこを歌って欲しい。)
個人的には♪曲がりくねった道の先にぃ~♪(コブクロ&綾香)とかの方が、共感できますけどね。 ♪Flavour of Life♪(宇多田ヒカル)なんかも悲しくて素敵だ。そんな感じなんだろうなあって思うもの。
しかし『吾亦紅』の反響は、大きいみたいだし、共感する層(団塊の世代?)があるみたい。私の子供のころからある阪急茨木市駅前のレコードショップでは、お正月から『吾亦紅』の歌を流していて、CD・カセットテープ絶賛発売中と手書きの張り紙がしてあった。
デジタル&(インター)ネット社会と言えども、音楽をダウンロードしかしない新しい世代もあれども、どっこい!まだまだ、カセットテープも健在なのだ。
関西が特別アナログな街というわけでもないだろうけれど、アナログ度は強いかも。
家族と話をしたり、新春の街中をウロウロして、人々のたわいのない、非常に面白い会話を小耳にするにつけ、世の中、コテコテというか、若い時代に馴染んでしまったモノを使えても、インターネットも携帯メールもNGな世代はいるんだなあ。
若い時代に慣れ親しんだ当時は新しくて今は古き皮袋に新しい酒も古い酒もつめ続けるのが幸せでもあるという人間のゆるがない本質のようなものを感じたし、それでいいヤン別にぃと思いました。
お正月には、ショッピングモールで、ホンマモンの舞妓さんに会えちゃうし、獅子舞も見れちゃうし、大規模ショップが元旦からオープンしているってのも、それなりにお正月らしい(かもね)と思った2008年の始まりでした。
変わりゆくものがあり、頑なに、変わらないものもある。