金曜日, 4月 06, 2007

★the baby drop‐off box and post Abe government

赤ちゃんポストに反対する人が多くいて、安部首相も反対であるというのには、ゲンナリするなあ。子育ては、理念とか、親子の情だけで出来るものじゃない。育てようにも育てられない事情がある親もいるだろう。安部首相はマリーアントワネットと同じで、悪気なく出口のない現実というものを想像できないのかもしれないなあ。

子供の命を救うということが一番の目的ではあると思うけれども、それに匹敵するぐらい大事なのは、子供を捨てた親(多くの場合は母親だろうけれど)を人殺しにしないこと。子供が死ぬかもしれないのを知りつつ、誰かに拾われることを期待しつつ、やむを得ず捨てるのと、やむを得ず手放すにしても、子供の命が必ず助かって、生き延びることができることを確信して、赤ちゃんポストに子供を託すのとは、親としての道義的な責任の果たし方、子供の愛し方において、天と地ほどの違いがある。

仮に子供を生んだのが16歳の女の子としたら、その後の人生は、60年、70年とあるわけだから。その残りの人生をやり直しが可能なものにするのか、一生罪の意識を背負い続けるものとするのか。赤ちゃんポストの親の人生を救う意義は大きい。親は、子供と引き換えに、ポストの中の手紙を受け取って、それを持って、後日に(育てられる環境を得て・強い気持ちを持って)子供を引き取ることもできるわけですしね。赤ちゃんポストは希望だ。

罪を見て見ぬふりをするのではなく、罪を隠蔽するのでもなく、人に罪を償わせる社会であることよりも、人を罪人にしない社会であること。

■評論家 山崎元氏は、非常にまっとうなコメントを書いているよなあ、と思う。 
このような意見がマジョリティーになりますように。
http://blog.goo.ne.jp/yamazaki_hajime/e/743f239fd38d8b48ed03e877e6e1532d