本日(日曜日に)雨の中、阪神タイガースの(リーグ)優勝パレードが大阪の御堂筋で行なわれた。しかし、甲子園球場のある兵庫県は、警備の予算がつかないとの理由でパレードを行なわなかったらしい。それはそれで、イマドキの正しい選択だと思った。
御堂筋の場合は、日曜日は沿道の企業はお休みだし、交通を遮断する等々も比較的やりやすいんだろうなあ。
最適なパレード(parade optimality)ってどんなもの?何のためにするの?
パレードは、踊る阿呆のためのものなのか?観る阿呆のためのものなのか?楽しみの為なのか?宣伝の為なのか?意地なのか?栄誉なのか?サービスなのか?見栄なのか?儀式なのか?アートなのか?美なのか?神技なのか?
踊る阿呆と観る阿呆の間に一体感とか共感がないとね。
費用(資金、ある人達に対する利便性の低下、時間等)を投じて、特に公的な費用を投じて、一体感&共感がないってのは、マズイというか、かなり最悪。
裸の王様には、オープンにアナタは裸であると言うべし。陰口とか愚痴とかは建設的じゃないと思うな。
注:最適なパレード(parade optimality)ってのは、
Pareto optimality パレート最適という経済学用語のパロディーです。意味は、みんなで資源を分け合って全体として最大限の満足度をいっぱいイッパイ達成している状態みたいな感じ。言い換えると、誰かが、現状以上に満足度を上げようとすると、他の誰かの満足度を下げざるを得ない状態ですかね。経済学では満足度のことを、なぜか効用(utility)とよぶんだけれど、utilityと聞くと、JIJIは、public utility cost(電気とかガスとかの公共料金)をイメージしてしまって、未だにしっくりこない。
Pareto先生は、人間の満足度とか幸福度を追求したかったのか、euphoria(幸福感)からeuphority(幸福度・満足度)という造語までしたらしい。utilityよりeuphorityが定着すればよかったのに。経済学が血の通った親しみ易いものになったかもね、とJIJIは思うのだけれど。
最適なパレードは、optimal paradeと表記した方がいいかもですが。