午前中は、昨日届いたDVD『THEREMIN AN ELECTRONIC ODYSSEY』を観る。超簡単に言うと、世界初の電子楽器テルミンを作ったテルミン博士のドキュメンタリーです。(役者は一切登場しない。)
用事をしながら観ていたからか、楽器テルミンには益々魅了されるJIJIですが、イマイチ釈然としないところもあった。ドキュメンタリーの中で、レフ・テルミン博士がなぜ旧ソ連から米国にやってきたかとか、米国で拉致された彼がどのような運命をたどったのか、ソ連では結果的にどのような迫害を受け、どのような評価を受けているのか等々、彼の生き様とか、その時代と国家体制と個人の苦悩をもう少し客観的に掘り下げて頂きたかったなあ。
テルミンダンサーのインタビューもあり、磁界を発生させる装置(空間)を作って、その中で磁界を横切るダンサーの動きによってメロディーを作り出すなんてことにもトライしている。テルミンは黒人のプリマダンサーと恋に落ち、結婚した。1930年代だから、それは凄いことだ。(要するに、邪心がなくて、既成概念もなくて、破るべき型もない自由人というか、彼のために彼の思いのために頑張ってくれる人ならば、愛せるのかもしれない。)
テルミン博士の天才ぶりというか、頭の中身が飛んでいる感じはよくわかった。テルミンの愛弟子のクララ・ロックモアの演奏は素晴らしい。歌うような情感と陰影があるし、テルミンは音が途切れないところがいいんだと思います。テルミンを演奏する際には、ばっちりマニュキュアを施すべし。手や指の動きがそのまま音になるから、指先は印象的であらねばならない。電磁波ってのは身体に悪いとされているけど、テルミン博士は、94歳以上生きたのだから、マトリョミン(マトリョーシカ型テルミン)を買っても演奏しても大丈夫でしょう。
テルミンの素晴らしいところは、演奏者が指揮者みたいに指先で空間から音を作り出すことと、聴衆と視線が合うわけではないけれど、聴衆の側に顔を向けているということ。音や音楽の創造でありながらビジュアル的なパフォーマンスでもあり、演奏者の顔の表情が見えるのもいいのだ。
これってジャグリングに似ているかもしれない。
ふと1999年の夏に数学者でジャクラーのピーター・フランクルに西鉄福岡(天神)駅の旧岩田屋前で会ったこと(遭遇しただけですけど)を思い出した。
彼はジャグリングはしなかったけれど、自分の出したエッセイ本を丸善で買ってきて、それらの本にサインをしながら駅のコンコースで売ったのだ。JIJIは最初から最後までお付き合いしたのだから。全部で5分もかからなかったが。『ピーターさん、こんなとこで何してんの?ジャグリングするの?』『丸善で自分の本を買ってきたから、これから売るんですよ』。
JIJIも買った。『お名前は?』と聞かれ、『XXXXです。画数の多い方のXXです』というと、『旧漢字のね』と言いながらスラスラと漢字でXXXXさんへと書いてくれた。私の次の人はオオクボさんだったのだが、『クボはオギクボのクボです』と言った。私は内心『えっ?!どんな字だっけ?』と心配になったが、ピーターは『穴冠(あなかんむり)のね!』と言いながら顔色一つ変えずにスラスラ大窪さんへと書いた。凄い!
ピーター・フランクルは、『徹子の部屋』で数学だと人と触れ合えないので、ジャグリングがやりたくなったと言っていたと思う。テルミン博士も人と分かち合える音を鳴らしたかったんでしょう。人が演奏する楽器を作るというよりも、自分で演奏して人に聴かせたかったんじゃないかと思うのです。