火曜日, 2月 03, 2026

路線バスから見たある静的なCIとCM。

 小学校高学年、中学、高校、短大、社会人、かれこれ20年近く、お出かけ、通学、通勤時に路線バスの車窓から見えた謎の(?)会社。

〇〇美術

会社のマーク、CIは、手焼きのバウムクーヘンのように、不規則に波打つリング状で、ローズピンクのリングとブルーのリングが重なっていた、ような記憶。ちょいミャクミャクに似ている。

で、その会社のCM(コーポレート モットー)が印象的だった。小さめの読める程度の字体の、

売れる環境づくりに奉仕する、だった。

奉仕ってたって、当然、有償、お金取るやろなあ、と思いつつ、何々を作ってますとか、どこと取引ありますとか、業界何位とか、顧客満足度1位とか、の、アピールがないばかりか、白い鉄筋のビルなのに、ショールーム的なものもなくて、物の搬入とか搬出も目撃した記憶がない。

なので、余計に、売れる環境づくりに奉仕する、というフレーズだけが、心に残り、それが命題として、美化されていった。私なりの、利他的な、全体最適な、売れる環境へのご奉仕とは何ぞや、みたいな感じで。

社会人というか、下っ端OLだった時、その〇〇美術が、会社の仕入れ先として登録されていて、あらっ!と思った。発注したかどうか記憶にないけど、平面か立体の販促物を制作販売する会社なのかも。

私は、個人としての私は、売れる環境を、広告とか販促活動とは考えてない。広告も販促も、企業様の、剥き出しのご都合なので。

買う人がいるから、売れる。

買う人が買いに行けるから、売れる。

ネットもあるけど、売れる環境づくりを、人が往来できる街づくり、公益的なインフラと捉えてしまう。

そういう私が、ずっと失望し続けているJRの駅がある。

そのJRの駅は、ノーベル平和賞を取った日本の首相が国鉄時代に駅長だったらしいが。ただの踏み台的なプラットフォーム?そこでは何の利害調整もしてなさそう。

最近まで、その駅には改札口が一つ、線路の片側にしかなかった。線路の反対側には、マンション人口も、温泉もあるというのに。

温泉側にも改札がやっとできた。なのだが、連絡通路がないものだから、駅の反対側に行くには、入場券を買わないといけないらしい。金取るんかーい。

そもそも連絡橋か地下通路がないのがおかしい。そんなん戦前から作っとけや!

今、連絡橋が作れないなら、交通系カード(含スマホ)タッチで、0円で行き来できるようにすればいいじゃん!

踏切がめっちゃ遠い。色んな列車が通るから遮断機が早く降りて、高齢者が取り残される。線路にカートの車輪がはさまりがち。遠いから、怖いから、滅多なことでは、駅の反対側には行かない。

線路と駅で、ずーっと地域が分断されてる。

それぞれの場所に美味しいお店などあるのにな。だが、商店街はさびれまくり。30年以上前に撤退したらしいジャスコの後は、ずっと更地のまんまだ。どうせマンションしか建たなさそうな予感。

駅近エリアは、パークアンドライドで電車で目的地まで行くには便利という理由で、マンションとか駐車場はバンバンできるが、それで地域は発展するのかなあ?それで地域住民が地域内で幸せなの?楽しみは遠くに求める。

なんか車の渋滞がひどくなった気がする。

高齢になった時、車に乗らなくなった時、足腰が弱ってきた時、徒歩移動が、めっちゃ不安な街&駅だ。

駅に、連絡通路(地下道か橋)があって、線路の反対側に無料で行き来できて、電車に乗らなくても駅舎で買い物とか飲食できるのが、デフォだと思うのだが、なんでしないんだろう?素朴な疑問だ。

長年、モヤモヤしてたが、もはやアディオスなのだ。

沿線グルメ列車を新造して、走らせて、全国、都会の乗り鉄をウハウハ来させたり、ビジネス子供にアピールしてもらうより、あまりお金をかけずとも実現する地域の往来の利便性をまず考えてください。軽薄すぎて、ムカつくから、都落ちを連想するから、グルメ列車には乗りたくない。

駅は周辺住民の生活を住めば都にするべきもの。極上の住民の日常を。

それが私の遺言っすね。