クリスマス・イブですし、それらしく過ごそうと思い、映画『マリア』を観にいく。
新訳聖書に出てきて、強く印象に残っているのは、(ローマの)徴税人ってのは悪いやっちゃ!ってことですねえ。定率税でもなく、人頭税ですもんね。神殿を建てるためにXXXシケル。(材料費にはお金がかかるとして、神殿の建設に携わった人足には労賃も払っていたのかしらん?)
2007年前から、ちゃんと貨幣経済はあったのだねえ。(う~ん、全てがお財布携帯(電子マネー)になってしまえば、貨幣経済はどうなっちゃうんだろう?昨今のドラスティックな変化の方が人間の永きにわたる慣習を破壊しているのかも。)
星と天文学を頼りに、救世主の誕生を予見したのが、東方の博士(三賢人)、ペルシャの人ということは、イラン人ですねえ。イエスの誕生を、その殺害を企てるヘロデ王に内緒にしておいて、そのままペルシャに帰っていった心正しい三賢人は、イランの方々なんですよねえ。(記述がというか、伝承が、正しければ。)
現代のイランの方々の賢人ぶりに期待したい。
三賢人が遠路はるばる持ってきた贈り物。
Gold(黄金) for the king of kings.
Frankincense(乳香) for the lord of lords. (だったかな?)
Myrrh(没薬) for his sacrifice. 彼の犠牲に没薬
神の子ではなくて、人の子であっても、生れ落ちて、はやり没薬は準備しておかなくっちゃ。
没薬を整えるまでは、私は死ぬに死ねないのだよね。
そういう映画ではないのですが、己の人生に結びつけることも不謹慎なんですが。
運命について、この世に生れ落ちた意味について、そして、ヘロデ王だけでない人間全般の強欲ついて、考えさせられました。