一昨日(3月16日)の大宰府トーストマスターズクラブにおいて、JIJIはcurrent topic masterという係りでして、"Private TV Broadcasting as Mass-Media or as Public Service" というtopicに関して、25分間ディスカッションやQ&Aをしてもらう・取り仕切る(?)役をしました。
フジテレビ(日本放送)VSライブドアの問題における日本放送の新株予約権発行が正当か否かなんて話になると、きっと日本語でも英語でもテクニカルな内容になりますし、JIJIを含めて参加者が、思考停止→沈黙の世界になってしまいそうです。(従来の発行株式総数の1.44倍にあたる新株発行なんて、許されていいわけないよね、と個人的には思いますが。)
だから、英語でも議論がしやすい、外資はNGだ!(ライブドアは外資?たまたまリーマンブラザーズしか興味を示さなかった、資金を出さなかっただけのようでもありますが。)の根拠になっているらしい民間放送の『公共性』って何?という点、本当にフジテレビは公共的なの?というような論点から意見を言ってもらえればいいかなあ、と考えたのですが、これも結構議論をするのが難しかったです。
『公共性』は英語にしにくい『あいまいな』日本語だと思います。必ずしもpublic+”なんとか”でもないような。要するに詭弁に用いられている。
民間のテレビ番組は、不特定多数の人が見る(誰かが見ないようにできない)・ライセンスにより電波が割り当てられている・公的な規制がある・倫理的なガイドラインがある・地震が来たらテロップが流れる・という意味での公共性はある。でも、基本的にはエンターテインメント番組主体だし、テレビ会社は、別に公共の利益のために存在するわけじゃない。会社の利益のためにある。
『自国固有の文化を守るための外資規制は万国共通だ。』とTBSの社長は語ったらしいけれど、JIJIにとって、民放の番組は日本固有の文化だ!という意識はないし、チャンネルは一つじゃないんだから、変えられるのだから、視聴者一般には、ほとんど問題は無いと思う。外資を受け入れる文化が日本の文化であって悪いとは言えない。
民間のテレビ放送にとっては、『公共性』よりも『民間企業としての収益性』の将来に、陰りがあることの方が、より重篤な死活問題。番組をハードディスク録画し、CMを飛ばしてみる人が増え、テレビからインターネットへ視聴者がシフトしているのだから、将来的にテレビ番組のスポンサーになる企業は減少し、テレビ放送会社の経営は成り立たなくなるように思う。
別にホリエモン大好きってわけじゃないけど、『世界一の金持ちになってみろ!-単純に考えればうまくいく』by 堀江貴文 x 竹村健一 (1400円)を読んでみた。挑発的なタイトルに反して、紳士的な内容。ホリエモンは商売の基本に忠実な人かもしれません。
JIJIは、世界一の金持ちにはなれそうにありませんが、blogで小銭でも稼いでみようかと少々ポジになりました。
JIJIは、目に見えない音や生音声や対面して行う対話が好きですが、形ある実物がなくっちゃ生きていけないし、モノの質感とか手触りとか創りに、より魅かれます。
ホリエモンが爺さんになった時、どんなバーチャルな世の中になっていて、人はどこまで幸せでいられるのか、少々懐疑的でもあります。
彼はモノ創りや生活の安定に関して、いつまで(何歳まで)さほどに興味を示さず生きていけるのだろう?と、彼のエネルギーや感覚を愛でつつ(?)、やはり不思議に思いました。
■ホリエモンの社長日記(ブログ)もちろんライブドア提供のものです。